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イチローUSA語録

大リーグでみごと首位打者・盗塁王に輝いたイチロー。その初めての年にアメリカで語られた言葉を、アメリカ人作家がシーズン当初から、丹念に拾い集めたもの。シーズン全記録付き。

イチロー シアトルマリナーズ時代(2004~2006年)

2004年・・5月21日 日米通算2000本安打達成

昨年の2003年の時点で、日米通算2000本安打まで50本と迫ったイチローは、2004年5月に、楽々と日米通算2000本安打を達成し、史上最年少の日本名球界入りをします。

しかし、このような偉大な記録もイチローにとってはただの通過点にすぎないようです。イチローはプロ通算2000本安打を達成した時次のようなコメントをしています。

『現役中に、過去のことを懐かしんではいけません』

『プロ入りしたとき、2000本安打打てるようになれよとスカウトの方に声をかけてもらったことを思い出しますが、今日のことは、日づけが変わるまでには終わりたいと思います。次の目標は、次のヒットです』

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2004年・・10月1日 メジャーリーグ年間最多安打記録を更新

2004年のイチローは今まで以上のハイペースで安打を量産していきます。6月の時点で59試合98安打をマークし、1920年にジョージ・シスラーが記録した102安打、2003年にD・アースタッドが記録した99安打に続く史上3位のペースで順調にヒットを量産。

8月には4年連続となる200本安打を達成し、125試合での200本安打は、なんと1931年以降最速のペース。このときから、ジョージ・シスラー(ブラウンズ)がマークしたシーズン257本安打の年間最多安打記録更新の可能性に米・日本とも注目が集まりはじめました。200本安打を達成したとき、イチローは257本の大リーグ記録について聞かれ、こう答えています。


『現時点ではまったく考えられないことです。
その目標は、まだ遠すぎます』

確かにイチローからすれば「そんな簡単に言うなよ!」という話でしょうね(笑)

そして、2004年10月1日、ついにその瞬間はやってきました。
84年間決して破られる事がなかったジョージ・シスラーのシーズン258安打という記録を一人の日本人が書き換えたのです。

震える球場、鳴り止まない歓声、終わらないスタンディングオベーション・・
私もこの瞬間を日本からテレビで見ていて号泣しました・・。この時ほど日本人である事を誇りに思ったことはありません。イチローはこのメジャー年間最多安打記録を更新した後、このようなコメントを残しています。


『あこがれを持ちすぎて、自分の可能性をつぶしてしまう人はたくさんいます。自分の持っている能力を活かすことができれば、可能性が広がると思います』

『ちいさいことをかさねることが、とんでもないところに行くただひとつの道』

こつこつ努力していくことは結局一番の近道なんだな。
と深く認識した瞬間でした。

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2005年・・6月14日 メジャーリーグ通算1000本安打達成

2005年には、日本人選手として初めてメジャーリーグ通算1,000安打を達成。これは出場696試合目での達成であり、1933年のチャック・クライン(683試合)、1932年のロイド・ワーナー(686試合)に次いで1900年以降3番目のスピードです。(ちなみに日本では史上最速の757試合で1,000安打を達成。)

2006年・・6年連続ゴールデングラブ獲得

イチローのすごさは、バッティングだけではありません。2006年メジャーで6年連続のゴールデングラフを受賞。

同年「選手が選ぶ強肩な外野選手」で48%の得票(米スポーツ専門誌『スポーツ・イラストレイテッド』webサイト9月13日付)を獲得、日本でもおなじみのレーザービームと称されるコントロールのいいスローイングのため、他球団からは最もタッチアップしにくい外野手に挙げられている(wiki参照)

イチローは、守備について次のような発言をしています。


『打線が苦しいときには、守備とか走塁で流れをつくるのが野球の基本です。』

『グラブはもちろん身体の一部だと考えています。外野手だから長いグラブを使っているのですが、指先まで神経が通らないと、感覚が麻痺してボールが捕れない。グラブの先まで感じられるグラブでないとイヤです』

イチローが自分の道具をものすごく大切にするというのは有名な話です。私達も自分の身の回りのものに感謝の気持ちを持ちたいですね。

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